365 在原行平朝臣ありはらのゆきひらのあそん 立ち別れ 因幡いなばの山の 峰に生ふるおふる まつ(松、待つ)とし聞かば今 帰へりかへり来むこむ 題知らず 366 詠み人知らず 似我蜂すがる鳴く 秋の萩原はぎはら 朝立ちて 旅行く人を いつとか待たむ 題知らず 367 詠み人知らず 限りなき 雲居くもゐ)の他所よそに 別るわかるとも 人を心に 後らさむおくらさむやは 題知らず 368 小野千古母をののちふるのはは たらちねの 親おやの守りと 相ひそふる 心ばかりは 関な止どめそ 小野千古をののちふるが陸奥介みちのくのすけに赴くときに、母が詠んだ歌 369 紀利貞きのとしさだ 今日けふ別かれ 明日はあふみ(近江・会ふ身)と 思へども 夜や更けぬらむ 袖の露けき 貞辰親王さだときのみこの家で藤原清生ふぢはらのきよふが近江介に下向するときに、餞別をした夜に詠んだ歌 370 紀利貞きのとしさだ 帰山かへるやま ありとは聞けど 春霞 立ち別れなば 恋しかるこひしかるべし 越こしへ下向する人に詠んで遣わした歌 371 紀貫之 惜しむをしむから 恋しきこひしきものを 白雲の たちなむ後のちは 何心地せむ 人の餞別にて詠んだ歌 372 在原滋春ありはらのしげはる 別れては 程ほどを隔つへだつと 思へばや かつ見ながらに かねて恋ひしき 373 伊香子淳行いかごのあつゆき 思へども 身をし分けねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる 東あづまの方へ下向する人に詠んで遣わした歌 374 難波万雄なにはのよろづを 逢坂の 関し正しきまさしき ものならば あかず別るる 君をとどめよ 逢坂あふさかで人と別れたときに詠んだ歌 375 詠み人知らず 唐衣 たつ日は聞かじ 朝露の おきてし行けばゆけば 消ぬけぬべきものを 題知らず、この歌は、ある人が、司つかさをたまわって、新しい妻めに気を寄せて、長年通っていた相手を捨てて、ただ明日こそ発とうたつとばかり言っていたときに、とにもかくにも言わずに詠んで遣わした歌 376 寵うつく 朝な日けに 見べききみとし 頼まねば 思ひ断ちぬる 草枕なり 常陸ひたちへ下向するときに 377 詠み人知らず えぞしらぬ 今試みよ 命あらば 我や忘るる 人や訪はぬとはぬと 紀きのむねさだが東国へ下向するときに、人の家に泊まって、暁に出発すると暇乞いをしたところ、女が詠んだ歌 378 清原深養父きよはらのふかやぶ 雲居くもゐにも 通ふ心の おくれねば 別かるわかると人に 見ゆばかりなり 親しくさせていただいていた人が東国へ下向するのを送るので詠んだ歌 379 良岑秀崇よしみねのひでをか 白雲しらくもの こなたかなたに 立ちわかれ 心を幣ぬさと 砕く旅かな 友が東国へ下向するときに詠んだ歌 380 紀貫之 白雲しらくもの 八重やへに重なる 彼方をちにても 思はむ人に 心隔つな 陸奥へ下向する人に詠んで遣わした歌 381 紀貫之 別れてふ ことは色にも あらなくに 心に染みてしみて 侘びしかるらむ 人と別れたときに詠んだ歌 382 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 帰山かへるやま 名にぞはありて あるかひ(かひ(価値)、峡)は きてもとまらぬ 名にこそありけれ 親しくしていた人が越国に下向して、年が経って京へ参って、また帰ったときに詠んだ歌 383 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 他所よそにのみ 恋こひや渡らむ 白山しらやまの ゆき見るべくも あらぬ我が身は 越国こしのくにへ下向する人に詠んで遣わした歌 384 紀貫之 音羽山おとはやま 小高くこだかく鳴きて ほととぎす 君が別れを 惜しむをしむべらなり 音羽の山のほとりで人と分かれるので詠んだ歌 385 藤原兼茂ふぢはらのかねもち もろともに 鳴きてとどめよ きりぎりす 秋の別れは 惜しくやをしくやはあらぬ 藤原後蔭ふぢはらののちかげが、唐物の使ひに、長月の晦つごもりがたに下向したとき、殿上人たちが酒をいただいていてそして詠んだ歌 386 平元規たいらのもとのり 秋霧の ともに立ち出でて 別かれなば 晴れぬ思ひに 恋ひや渡らむ 藤原後蔭ふぢはらののちかげが、唐物の使ひに、長月の晦つごもりがたに下向したとき、殿上人たちが酒をいただいていてそして詠んだ歌 387 しろめ 命だに 心に適ふかなふ ものならば 何が別かれの 悲しからまし 源実みなもとのさねが筑紫つくしへ湯浴みしようと下向した際、山崎で別かれを惜しんたところで詠んだ歌 388 源実みなもとのさね 人遣りひとやりの 道ならなくに おほかたは 行き憂しいきうしと言ひて いざ帰りなむ 山崎より神な辺かむなびの森まで人人が送りに来て、帰ることができなくて、別かれを惜しんだ際に詠んだ歌 389 藤原兼茂ふぢはらのかねもち 慕はれてしたはれて 来きにし心の 身にしあれば 帰るさまには 道も知られず 今はこれからお帰りくださいと実さねが言った折に詠んだ歌 390 紀貫之 かつ越えて 別かれも行くゆくか 逢坂あふさかは 人頼めひとだのめなる 名にこそありけれ 藤原惟岳ふぢはらのこれをかが武蔵介むさしのすけに下向する際、見送りに逢坂あふさかを越えるとして詠んだ歌 391 藤原かねすけの朝臣 君がゆく こしのしら山 知らねども 雪の随にまにまに あとは訪ねむたづねむ 大江千古おほえのちふるの越こしへ下向する餞別に詠んだ歌 392 僧正遍昭そうじゃうへんぜう 夕暮れゆふぐれの まがきは山と 見えななむ 夜は越えじと 宿りとるべく 人が花山にお参りに行って、夕方の頃、帰ろうとしたときに詠んだ歌 393 幽仙法師いうせんほふし 別かれをば 山の桜に まかせてむ 止めむとめる止めじ止めないは 花の随にまにまに 山に上ってのぼって帰ってきて、人人が別かれてそして詠んだ歌 394 僧正遍昭そうじゃうへんぜう 山風に 桜吹きまき 乱れなむ 花の紛れに 立ち止まるべく 雲林院親王うりむゐんのみこの舎利会しゃりえで山に上って、帰ったところ、桜の花の下で詠んだ歌 395 幽仙法師いうせんほふし 如ならば 君とまるべく 匂はなむにほはなむ 帰すかへすは花の うきにやはあらぬ 雲林院親王うりむゐんのみこの舎利会しゃりえで山に上って、帰ったところ、桜の花の下で詠んだ歌 396 兼芸法師けむげいほふし 飽かずして わかるる涙 滝に添ふ 水まさるとや 下しもは見るらむ 仁和の帝みかどが親王みこでいらっしゃったときに、布留ふるの滝をご覧あそばしにいらっしゃって、お帰りになられる際に詠んだ歌 397 紀貫之 秋萩あきはぎの 花をば雨に 濡らせども 君をばまして 惜しをしとこそ思へ 雷の壺に召された日、大御酒おほみきなどをいただいて、雨が強く降ったので、夕方までお仕えして、退出して出る折に、盃をとって詠んだ歌 398 兼覧王かねみのおほきみ 惜しむをしむらむ 人の心を 知らぬ間に 秋の時雨と 身ぞふりにける と詠んだ、返し 399 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 別かるれど 嬉しくもあるか 今宵こよひより 相あひ見ぬ前さきに なにを恋ひこひまし 兼覧王かねみのおほきみにはじめてお話をして、別かれたときに詠んだ歌 400 詠み人知らず 飽かずあかずして 別かるる袖の 白玉しらたまを 君が形見と 包みてぞ行く 題知らず 401 詠み人知らず 限りなく 思ふ涙に 濡ちぬるそぼちぬる 袖は乾かじ あはむ日までに 題知らず 402 詠み人知らず かきくらし ことは降らなむ 春雨に 濡れ衣ぬれぎぬ着せて 君を留めむ 題知らず 403 詠み人知らず 強ひて行く 人を留めむ 桜花 いづれを道と 迷ふまで散れ 題知らず 404 紀貫之 結ぶ手の 雫しづくに濁る 山の井の 飽かでも人に 別かれぬるかな 志賀しがの山越えにて、岩間にわく水の下で親しく言葉を交わした人が別かれた折をりに詠んだ歌 405 紀友則きのとものり 下帯したのおびの 道は方方かたがた 別かるとも 行きめぐりてゆきめぐりても 会はむとぞ思ふ 道で会った人の車に言い寄って、別かれたところで詠んだ歌