249 文屋康秀ふんやのやすひで 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 250 文屋康秀ふんやのやすひで 草も木も色変はれどもわたつうみの波の花にぞ秋なかりける 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 251 紀淑望きのよしもち 紅葉もみぢせぬ常葉ときはの山は吹く風の音にや秋を聞きわたるらむ 題知らず 252 詠み人知らず 霧立ちて雁ぞ鳴くなる片岡の朝あしたの原は紅葉しぬらむ 題知らず 253 詠み人知らず 神な月かみなづき時雨も未だ降らなくにかねて移ろふ神な辺かむなびの森 題知らず 254 詠み人知らず ちはやぶる神な辺かむなび山の紅葉葉もみぢばに思ひはかけじ移ろふものを 題知らず 255 藤原勝臣ふぢはらのかちおむ 同じ枝えを分きて木の葉このはの移ろふは西こそ秋のはじめなりけれ 貞観の御代、綾綺殿りょうきでんの前に梅の木があった。西の方に伸びた枝が紅葉しはじめたのを、殿上人らが詠んだのについで詠んだ歌 256 紀貫之 秋風の吹くにし日より音羽山おとはやま峰の梢こずゑも色づきにけり 石山に詣でたとき、音羽山おとはやまの紅葉を見て詠んだ歌 257 藤原敏行朝臣ふぢはらのとしゆきのあそん 白露の色はひとつを如何にして秋の木の葉を千千に染むらむ 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 258 壬生忠岑みぶのただみね 秋の夜の露をば露と置きながら雁の涙や野辺を染むらむ 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 259 詠み人知らず 秋の露色色異ことに置けばこそ山の木の葉の千種ちぐさなるらめ 題知らず 260 紀貫之 白露も時雨もいたくもる山は下葉したば残らず色づきにけり 守山もるやまの畔ほとりで詠んだ歌 261 在原元方ありはらのもとかた 雨降れどつゆも漏らじをかさとりの山は如何でか紅葉もみぢ染めけむ 秋の歌として詠んだ歌 262 紀貫之 ちはやぶる神の斎垣いがきに這ふ葛くずも秋にはあへず移ろひにけり 神の社の辺りを通ったとき、斎垣いがきの内の紅葉もみぢを見て詠んだ歌 263 壬生忠岑みぶのただみね 雨降ればかさとり山の紅葉葉もみぢばは行きかふゆきかふ人の袖さへぞ照る 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 264 詠み人知らず 散らねどもかねてぞ惜しきをしき紅葉葉もみぢばは今は限りの色と見つれば 寛平の御代、后の宮で行われた歌合せの歌 265 紀友則きのとものり 誰がたがための錦なればか秋霧あきぎりの佐保さほの山辺やまべを立ち隠すらむ 大和国やまとのくにへ行ったとき、佐保山さほやまに霧が立っているのを見て詠んだ歌 266 詠み人知らず 秋霧あきぎりは今朝はな立ちそ佐保山の柞ははその紅葉もみち他所よそにても見む 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 267 坂上是則さかのうえのこれのり 佐保山の柞ははその色は薄けれど秋は深くもなりにけるかな 秋の歌として詠んだ歌 268 在原業平朝臣ありはらのなりひらのあそん 植ゑし植ゑば秋なきときや咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや 他の人の庭の植込に、菊に結びつけて植えた、その歌 269 藤原敏行朝臣ふぢはらのとしゆきのあそん 久方の雲の上うへにて見る菊は天つ星あまつほしとぞ誤またれける 寛平の御代、菊の花を詠ませたもうた歌。また、この歌は、まだ殿上が許されないときに召し上げられてお仕えしたときの歌だという 270 紀友則きのとものり 露ながら折りてをりてかざさむ菊の花老いせぬ秋の久しかるべく 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 271 大江千里おほえのちさと 植えしとき花まちどほにありし菊移ろふ秋にあはむとや見し 寛平の御代、后の宮で行われた歌合せの歌 272 菅原朝臣すがはらのあそん 秋風の吹上ふきあげにたてる白菊は花かあらぬか波の寄するか 寛平の御代行われた菊合せのとき、州浜を作り菊の花を植えたのに加えられた歌。吹上の浜の形に菊を植えてあるのを詠んだ 273 素性法師そせいほうし 濡れて干す山路やまぢの菊の露の間にいつか千年ちとせを我は経にけむ 仙宮せんきゅうに、菊を分けて人が至ることができる形(州浜)を詠んだ歌 274 紀友則きのとものり 花見つつ人待つ時は白妙しろたへの袖かとのみぞ誤たれける 菊の花のもとで人が人を待っているかた州浜を詠んだ歌 275 紀友則きのとものり 一本ひともとと思ひし菊を大沢おほさはの池の底にも誰たれか植ゑけむ 大沢おほさはの池のかたに菊を植えたのを詠んだ歌 276 紀貫之 秋の菊匂うにほふ限りはかざしてむ花より先と知らぬ我が身を 世の中の儚いことを思ったときに菊の花を見て詠んだ歌 277 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 心あてに折らばやをらばや折らむをらむ初霜の置き惑はせる白菊の花 題知らず 278 詠み人知らず 色変はる秋の菊をばひととせにふたたび匂ふ花とこそ見れ 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 279 平貞文たいらのさだふん 秋をおきて時こそありけれ菊の花移ろふからに色のまされば 仁和寺で菊の花をご覧になられたとき、歌を添えて奉れと仰せになられたので、詠んで奉った歌 280 詠み人知らず 咲き初めし宿し代はれば菊の花色さへにこそ移ろひにけれ 人の家の菊の花を移し植えてあったのを詠んだ歌 281 詠み人知らず 佐保山の柞ははその紅葉もみぢ散りぬべみ夜さへ見よと照らす月影 題知らず 282 藤原関雄ふぢはらのせきを 奥山の岩垣いはかき紅葉もみぢ散りぬべし照る日の光見るときなくて 宮仕えに長いこと出仕しないで山里にこもっていて詠んだ歌 283 詠み人知らず、一説、奈良の帝 竜田川紅葉もみぢ乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなむ 題知らず、この歌は、ある人が言うには、奈良の帝の御歌であるという 284 題知らず、一説、柿本人麻呂 竜田川紅葉葉もみぢば流る神な辺かむなびの御室みむろの山に時雨降るらし 題知らず、または、飛鳥川の紅葉葉流る。この歌右注に柿本人麻呂の歌とあり、他本同じ 285 詠み人知らず 恋しくば見ても偲ばむ紅葉葉もみぢばを吹きな散らしそ山おろしの風 題知らず 286 詠み人知らず 秋風にあへず散りぬる紅葉葉もみぢばの行方ゆくへ定めぬ我ぞ悲しき 題知らず 287 詠み人知らず 秋は来ぬ紅葉は宿に降りしきぬ道踏みわけて訪うと人はなし 題知らず 288 詠み人知らず 踏みわけて更にや訪はむ紅葉葉もみぢばの降り隠してし道と見ながら 題知らず 289 詠み人知らず 秋の月山辺やまべさやかに照らせるは落つる紅葉もみぢの数を見よとか 題知らず 290 詠み人知らず 吹く風の色の千草ちぐさに見えつるは秋の木の葉の散ればなりけり 題知らず 291 藤原関雄ふぢはらのせきを 霜の経たて露の緯ぬきこそ弱からし山の錦の織ればかつ散る 題知らず 292 僧正遍昭そうじゃうへんぜう 侘び人のわきて立ちよるこの本もとは頼む陰なく紅葉もみぢ散りけり 雲林院の木の陰に佇んで詠んだ歌 293 素性法師そせいほうし 紅葉葉もみぢばの流れて泊まる湊には紅くれない深き波や立つらむ 二条の后が春宮の御息所と仰られていたときに、御屏風に、竜田川に紅葉が流れる絵が描かれているを題にて詠んだ歌 294 在原業平朝臣ありはらのなりひらのあそん ちはやぶる神世も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは 二条の后が春宮の御息所と仰られていたときに、御屏風に、竜田川に紅葉が流れる絵が描かれているを題にて詠んだ歌 295 藤原敏行朝臣ふぢはらのとしゆきのあそん 我が来つる方も知られずくらぶ山木木の木の葉の散ると紛ふまがふに 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 296 壬生忠岑みぶのただみね 神な辺かむなびの御室の山を秋行けばゆけば錦裁つ着る心地こそすれ 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 297 紀貫之 見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり 北山に紅葉を折ろうと行ったときに詠んだ歌 298 兼覧王かねみのおほきみ 竜田姫手向くる神のあればこそ秋の木の葉の幣ぬさと散るらめ 秋の歌 299 紀貫之 秋の山紅葉を幣ぬさと手向くれば住む我さへぞ旅ごこちする 小野おのというところに住んでいた時に紅葉を見て詠んだ歌 300 清原深養父きよはらのふかやぶ 神な辺かむなびの山を過ぎ行く秋なれば竜田川にぞ幣ぬさは手向くる 神な辺かむなびの山を過ぎて竜田川を渡ったときに、紅葉の流れているのを詠んだ歌 301 藤原興風ふぢはらのおきかぜ 白波に秋の木の葉の浮かべるを海人あまの流せる舟かとぞ見る 寛平の御代、后の宮で行われた歌合せの歌 302 坂上是則さかのうえのこれのり 紅葉葉もみぢばの流れざりせは竜田川水の秋をば誰たれか知らまし 竜田川の畔で詠んだ歌 303 春道列樹はるみちのつらき 山川に風の掛けたる柵しがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり 志賀しがの山越えのさいに詠んだ歌 304 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 風吹けば落つる紅葉葉もみぢば水清み散らぬ影さへ底に見えつつ 池の畔ほとりにて紅葉もみぢが散るの詠んだ歌 305 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 立ちどまり見てを渡らむ紅葉葉もみぢばは雨と降るとも水は増さらじ 亭子院ていじゐんの御屏風の絵ゑに、川を渡ろうとする人が紅葉の散る木の下もとで馬むまを引きおさえて立っている様子があるのとお詠ませになったので、お仕えして詠んだ歌 306 壬生忠岑みぶのただみね 山田守るもる秋のかり庵いほに置く露は稲負鳥いなおほせどりの涙なりけり 是貞親王これさだのみこの家の歌合せで詠まれた歌 307 詠み人知らず 穂にも出でぬ山田を守るもると藤衣ふぢごろも稲葉の露に濡れぬ日ぞなき 題知らず 308 詠み人知らず 刈れる田に生ふる穭ひつちの穂に出でぬは世を今更にあき果てぬとか 題知らず 309 素性法師そせいほうし 紅葉葉もみぢばは袖に扱き入れて持て出てなむ秋は限りと見む人のため 北山に僧正遍昭そうじゃうへんぜうと茸たけ狩りに行ったときに詠んだ歌 310 藤原興風ふぢはらのおきかぜ 深山みやまより落ち来る水の色見てぞ秋は限りと思ひしりぬる 寛平御時、旧き歌奉れと仰せがあった際、竜田川紅葉葉もみぢば流るという歌を書いて、そしてその同じ心を詠んだ歌 311 紀貫之 年ごとに紅葉葉もみぢば流す竜田川湊や秋のとまりなるらむ 秋が終わる心を竜田川を思いをはせて詠んだ歌 312 紀貫之 夕月夜ゆふづくよ小倉をくらの山に鳴く鹿の声こゑの内にや秋は暮るらむ 長月ながつきの晦つごもりの日に大井にて詠んだ歌 313 凡河内躬恒おほしかふちのみつね 道知らば訪ねたづねも行かむゆかむ紅葉葉もみぢばを幣ぬさと手向けて秋は去いにけり 長月ながつきの晦つごもりに詠んだ歌